「身勝手なことをいわせてもらえばの話ですが、私は激しい、実に激しい仕事に時間を費やしている人間です。実を結びさえすれば、この仕事は人類を益するものであることは、あなたもお認め下さるでしょう」
(中略)
「さて、この仕事は、それ自体が目的で手を着けたものです。ところが、これが与える恩恵はどうでしょう。その恩恵は私がまるで人間を同胞として愛し、現在の状態より安楽な生活をさせてあげよう、とセンチメンタルな願望を抱いてやりとげでもした仕事と比べて大きさは少しも変らないではないですか。

私は今のままの状態───現在の、非情な状態でも十分に有用な人間です。有用という点では、殺人犯を刑務所から出せとか、トルストイのように暴君を罰することを阻止して暴政を奨励するとか、そういうことをしたがる、そこらのセンチメンタリストの心を、万が一、私がもつていたとしても同じです」

「愛情のゆえに大害を犯すこともあれば、愛情はなくとも大きな善をなしうる。そのとおりですとも。善良な動機がすべてというわけにはまいらぬ、それも認めます。
しかし、あなたほどの才能を具えて、そのうえ人類にたいする同情と愛情がおありだつたら鬼に金棒でしょうな。
もっとすばらしい仕事をなさると思いますよ」


これは【幻想と怪奇❶】('56/ハヤカワ・ミステリ) より、『魅入られたギルディア教授』(ロバート・ヒチェンズ 著、曽我四郎 訳) よりの引用。
何故ここを引用したか、何を言いたいかは、解る人にだけ分かる。きっと。

昔の文言だし、古臭い言い回しに苛つくアンソロジーだったけど、妖怪怪人百科、として読めば、文句の付けようのない本だと思った。

ただし、そう念頭に置いて読まないと、'症例"、と言っても差し障りない気がしないでもない作品群ではあるんだけどね。


「あれは申し分のない召使いで、お陰で私も何ひとつ不自由なしです。
そのくせ、あの男は、これつばかりも私が好きなわけではない。こちらでも大事にしてやり、給料も相当なものです。
ただ、執事のことを考えてやるとか、あの男を人間として気づかつてやるとか、そんなことは私はいつさいしません。
あれの性格について知っていることといえば、あれの前の主人が紹介状に書いてよこした限りを出ないのです。
そういう関係は真に人間的なものではない、とあなたはおつしゃるでしょう。
もし私があれに、階級の別を超え、個人として好かれるようにすれば、執事としての仕事もいつそう立派になるとあなたは断言なさるか?」

「断言しますな」
「今より仕事に身が入るとは思えませんね」
「ですが、危機にでもたち至つたら?」
「というと?」

「危機、つまり境遇の変化です。主人と執事としてではなく、人間と兄弟として、助けが欲しいような場合はどうでしょう?
おそらく彼は何もしてくれますまい。正直な愛情、召使いを親身になって働かせるのは、その力です。
あなたは決して召使いから親身の奉仕を得られない人ですな」


もう一度言うけど、どれも怪奇潭、というより、時代の勘違い、症例、とも言える。

この本で、かの高名な、"レ・ファニュ"の『緑茶』を初めて読んだのだけど、これはなんだか緑茶の成分が見せた幻覚?ともとれたし、

J・D・べレスフォードの『人間嫌い』は、対人恐怖症、強迫観念。もしくは本当に見えている、としたら、ある意味ミュータント、

F・マリオン・クロフォードの『上段寝室』なら、現実の憑きもの、でないとしたら、集団催眠、集団ノイ◯ーゼ、と解釈できると思うから…


敬愛なるドクター・ヘッセリウス───あれは、またもどってきました。先生のお帰りになってから、一時間と経たないうちのことだったのです。現にしゃべっています。あつたこともなにもかも知つています。なにからなにまで知つているのです────先生のことを知つていて、狂わんばかりに怒っています。悪口雑言を吐きます。わたしは、この手紙をおとどけします。わたしの書いたこと───書くことを、一語ももらさず知つているのです。わたしは、お約束しましたから、書きます。しかし、ひどく混乱して、つじつまの合わぬ内容になつたのではないでしょうか。それほど、邪魔をされ、心を乱されているのです。
つねに、誠実なる
ロバート・リンダー・ジェニングス
(レ・ファニュ著『緑茶』砧一郎 訳 より)


戻ってきたアレ、とは、目の赤い身体を通り抜ける"猿"なんだけれども、この人はこの猿が喋りだし心掻き乱される、と医者に相談しているんだよ、希代の名作とされるこの小説の中で….

どう?これを奇譚、と取るか、病状ととるか、って読めない?

読んでるこっちも、段々なんかが見えたり聞こえたりする気がしてきたから不思議。


それは、なんとも言いようのないほど恐ろしい、幽霊みたいな物で、わたしがつかまえると動きました。溺れてから日数の立った男の死体みたいでしたが、そのくせ動きまわつて、生きている男の十人分の力を持つていました。しかしわたしは力いつぱいそいつをつかみました───ジメジメした、ヌルヌルの、ゾッとするような物────死んでいる白目が薄闇の中からこつちの顔を見つめているような気がしました。腐敗した海水の悪臭があたりにただよい、ベッタリ濡れた髪の毛が死人の顔にいやらしくまとわりついて光っていました。わたしはその物と組打ちしました……
(中略)
そいつは一瞬息をつぎながら、船長の倒れた体の上でためらつているようでした。(中略) ふいにそいつは姿を消しました……わたしの乱れた頭には、そいつが開いていた舷窓から出て行つたような気がしましたが、といつてあのせまい窓口を考えると、どうしてそんなことができたのか、とても考えられないことです。
(F・M・クロフォード著『上段寝室』村崎敏郎 訳 より)


二人して溺死体の様な、ヌルヌルの怪物と戦い、最後、船の舷窓から、そいつは"ふいに消えた!"つーんだから、

詳細に語ってはいるけど、これは一体何の事を話してるの?とか思ったよ、尿検査されるレベル。


「(中略)…ともかく、私はヘレンを完璧なものと思つていましたし、どう探してみても欠点などこれつぽつちも見つけることはできないと思つていました。それで私は同意して、見たのです───あの見方で……」
(中略)
「───そして目に入つたのは、顎のない、うるんだ、べたべたした眼つきをした生き物でした。忠実な、涎でビショビショに濡れた生き物でした。おお!私にはとても……私はもう二度とあれに話しかけませんでした……」
(J・D・べレスフォード著『人間嫌い』峯岸久 訳 より)


ある見方でその人物を見ると、本性つーか、本来の悪魔の正体、内側の姿が視えると言い切る男が、愛する恋人を視た時の描写がこれ、

ミュータントの超能力なんだか、強迫観念なんだか、乱視か?
(; ̄ェ ̄)

これは、誰もめったに近づかない場所に独り隠匿生活してる男の戯言、とも読めるのだけど…

昔はこれが、幻想と怪奇、だったんだろうか…

いや、今も充分『幻想と怪奇』ではあるけれども…
(−_−;)

と、まあこのアンソロジー…『幻想と怪奇』は、『病状と症例』とも言える名著、でしたか。

だって全然飽きさせないですから!さすがのベストセラーだけある。

人間病状カタログ小説篇、そうだね、今だと『世界仰天ニュース』かな?

そんな俺好みの一冊でした。

あーオモロ、頸の痛み収まったら そのうちまた続き読も。
(^O^)v

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※ 引用。