仏の文学者ヴォルテール(1694〜1778)は、プロシアのフリードリッヒ大王(1712〜1786)へ宛た手紙の中で、
「決して死なず、全てを知っている男」と【サン・ジェルマン伯爵】の事を書いている。

旧西ドイツのエッケルフェアデ協会戸籍簿によれば、

『いわゆるサン・ジェルマン伯爵およびウェルドン伯爵。1784年 2月 27日死去』と記録があるらしい。

だが、その翌年には、フリーメーソンの会合に出席し、
1812年には、教育家のステファニー・フェリシテ(1746〜1830)女史が、彼と会ったと言っている。

一体この【サン・ジェルマン伯爵】とは何者?

彼は1710年、明確な形で歴史に現れる。

有名な作曲家のラモー(1683〜1764)の印象では、当時サン・ジェルマンは50歳くらいに見えたという…

その50年後…

ポンパドール公爵夫人(1721〜1764)主催のパーティの席上、
衆人の面前、彼とジュルジィ伯爵夫人のこんな会話が報告されている。

「1710年にベネツィアでお会いしたのはあなたのお父様なのでしょう?」
「いいえ奥様、私が父を失ったのは、はるか昔のことです。あの時ヴェニスに居たのは私自身なのです。」

「奥様、私は非常に年寄りなのです。」

彼は、汽車と蒸気船の出現を予言していたとか、ダイヤの傷を消した、とか…

はっきりと歴史上に記録の残っている(らしい)人物でありながら、なんだか、今なら"セロ"?あ!"南方 仁"のような存在に思える。

1762年に、エカテリーナ大帝(1726〜1796)をロシアの王位につける為に、クーデターに参加し大きな役割りを果たしたことや、
フランス革命を防ごうと努力していたらしい事実は、

龍馬暗殺を防ごうとしていた"南方 仁" の行動と被りはしないか?

あれ?"サン・ジェルマン"が"JIN" のオリジン?もしかして…

"ジ" ェルマ "ン"、間抜いたら、ジン=仁、だし…

元ネタなのかな?もしかして…

やばい、秘密に気付いたかも.…消される…
(ー殺ー;)

なわきゃない。ヾ(暗⌒ー⌒殺)ノ

世の中には、目で見て 耳で聴こえる、それ以外の計り知れない何か、叡智があるのだろう…

【サン・ジェルマン伯爵】は、今も生きて、時間に、運命に抗ってるのかもしれない…。


「ほら、うちのマンションの三階の外国人の人いるよね、
あの人って、なんだが全然 年とらなくない?」…






※【不思議世界百科'79】(ユニバース出版) より参考いたしました。