三沢が亡くなる2日前、
頸椎の怪我で俺、13SHOE・高野十座(じゅうざ)はまたまた寝込んでた…。
俺は、定期的に痛みが出るので、今は歌をお休みして…いわゆる闘病中ってやつなんだけど…

それから2日うんうん唸ってて、13日の夜9時ごろ急に首が楽になって…
2日ぶりのシャワー浴びて飯…それから一時間もしないうちにメールで三沢が亡くったのを知らされた…なんで13日に?しかも夜8時45分頃に意識不明だと報道の、丁度そのころ、俺はやっと元気を取り戻して…

で、それから数日、頬の血が止まらない、大した傷口でもない、ただの吹き出物をガリッただけなのに…
心配で、病院行ったらアッサリ血は止まる、
それから3日後、もう大丈夫だろう、と小さなかさぶた少しめくっただけなのに…
また、血がドバーッと出て…
その日は三沢の葬儀だった…

そして翌日、ゴミを出そうとしてたら、キッチンの窓のあたりから声がする…「高野さん…」
確かに聞こえたから、はいはい、っと玄関に出るが人影なし…
翌日、東スポには三沢の葬儀の記事が…
密葬なのに、最後の三沢コールが斎場で鳴り止まなかった、と出てた…

凄い漢(おとこ)だな、三沢よ、
誰に真似できるものじゃない、壮絶な生きざまは、永遠に人々の心で生きる、
誰も三沢光晴を忘れることはない…

それから、故三沢光晴さんのご家族、関係者各位、ファンの皆様、
自分高野が、三沢さんを三沢、と呼捨てにすることをご容赦ください。
まだ10代のころ、馬場さんに入門を許され、三沢さんより三ヶ月早く入寮したもので、
きっと三沢さんも、さん付けよりは、あの当時のままの方が、しっくり来ると思うのです、
俺たちには、あの日のまま、時間は止まっていますから、どうか、三沢、と呼ぶ事をお許しいただければと思います。

三沢とは、俺がケツを割ってプロレスから逃げた事で、今すぐ関係を修復できなくても、努力すればまだ時間はたっぷりあると思っていたから、いつかまた会えると楽観的に考えてて…

ところが、突然三沢は逝ってしまって…正直、目標を見失った様な気がしてたんだけど…
彼のブログに行って、隅にある無料ブログをみつけたら、
なんか、背中押された気がして…「いつまで、めそめそしてるんすか!」
そう三沢が言ってくれてる気がして…
俺たちは、お互い母子家庭で、それで仲良くなった…
俺のデビュー戦の物真似では、やつにはよく笑わされたなぁ…
あぁ…やつずっと忘れずにいてくれたんかなぁ…って…
それで、8ヶ月ぶりかな、ブログも再会したんだよね…

そして昨日、夢で三沢はこう言ってた…

「生まれ変われたら、また皆んなに会いたい…」

ホントだよ…

何十年一緒にいても、ただの知り合い、の方がきっと多い…
何十年離れていても、一瞬で戻れるのが親友…

俺には彼が、誰がなんと言おうと…

親友…